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鶴岡八幡宮 |
1063年(康平6)、奥州を平定した源頼義が材木座海岸近くの由比郷鶴岡に、京都の石清水八幡宮の分霊を勧請したのがはじまり。1180年(治承4)に鎌倉入りした源頼朝によって現在の地に遷座されました。 祭神は、比売大神、応神天皇、神功皇后。 広大な敷地にはさまざまな社殿が点在し、毎日多くの参拝者が訪れる鎌倉最大の名所です。 【住所】神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31 |
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鎌倉国宝館 |
鶴岡八幡宮の一角にある校倉造り風の建物が、1928年(昭和3)に開館した鎌倉国宝館。 鶴岡八幡宮をはじめ、鎌倉市内の各社寺が所蔵する仏像や工芸品、書画、古文書など、貴重な文化財が保管、展示されています。代表的なものとしては、建長寺の「蘭渓道隆像画」(国宝)や、鶴岡八幡宮の「弁財天坐像」(重文)などがあります。 鎌倉国宝館では年数回、特別展が開催されています。中でも「鎌倉至宝展」は人気です。 【住所】神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-1 |
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県立近代美術館 鎌倉 |
鶴岡八幡宮の平家池のほとりに立つ、日本初の公立近代美術館。 神奈川県立近代美術館 鎌倉では、年数回の企画展を中心に開催され、国内外のすばらしい近現代の美術作品(絵画や彫刻、版画など)が鑑賞できます。 また本館から歩いて5分ほどのところには、別館もあります。 【住所】神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 |
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宝戒寺 |
この一帯は、鎌倉幕府の執権・北条家代々の屋敷があったところ。 北条氏滅亡後、後醍醐天皇の命を受けて1335年(建武2)に足利尊氏が北条一族の冥福を祈って建立したお寺です。境内には、全部で108種あるという椿やサルスベリ、梅、桜などがあり、四季折々の花が楽しめます。中でも、9月中旬、参道いっぱいに白萩が咲き乱れ、鎌倉随一の「萩の寺」として有名です。 【住所】神奈川県鎌倉市小町3-5-2 |
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佐助稲荷神社 |
石段の続く狭い参道には朱塗りの鳥居や赤い幟が林立し、その石段を登りつめたところに「佐助稲荷神社」は立っています。 社伝によると、源頼朝が伊豆蛭ヶ小島に流されている時、ここの稲荷神が翁の姿で頼朝の夢枕に立ち、平家討伐の挙兵を勧めたといわれ、後に鎌倉幕府を開いた頼朝は、その神霊に感謝し、社を建立。社名は頼朝の幼名「佐殿(すけどの)」を「助けた」稲荷神から名付けられたそうです。 佐助稲荷神社は頼朝の話に由来し、開運出世、縁結びの社として信仰を集めています。 【住所】神奈川県鎌倉市佐助2-22-12 |
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銭洗弁財天 |
巳の年の1185年(文治元)、巳の月、巳の日、巳の刻、頼朝の夢枕に宇賀福神が現れ、「西北の谷に湧き出す霊水をもって神仏に供養すれば、天下は平和に、万民は安楽になるだろう」とのお告げを受けました。頼朝はこのお告げに従って社を建てて祀ったといい、それが銭洗弁財天(宇賀福神社)です。 この霊水で洗い清めた金銭は数倍になってもどってくるという言い伝えがあり、多くの参拝者がお札や小銭をザルに入れて洗う姿が今も絶えません。 【住所】神奈川県鎌倉市佐助2-25-16 |
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源氏山公園 |
源八幡太郎義家が後三年の役で奥州出征にあたり、山上に白旗を立てて戦勝祈願したことから、「白旗山」とも呼ばれている源氏山。源頼朝も奥州征伐の戦勝を祈願したといわれ、中央広場には高さ2mの風格ある頼朝像が立っています。 現在、源氏山公園は地形を生かした自然豊かな公園として親しまれ、特に春は桜の名所として多くの花見客が訪れる人気のスポットです。 【住所】神奈川県鎌倉市扇ガ谷1・4、梶原5 |
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大巧寺 |
もとは「大行寺」といい、十二所の梶原屋敷の内にありましたが、源頼朝がこの寺で軍評定をして戦利を得たことから、「大巧寺」と寺名が改められ、1319年(元応元)にこの地に移されました。 第5世住職の日棟が難産のため亡くなった女性の霊を慰め、祀ったことから、大巧寺は安産の守り神「おんめさま」の名で親しまれ、安産祈願所として信仰を集めています。 【住所】神奈川県鎌倉市小町1-9-28 |
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本覚寺 |
1436年(永享8)、日出上人が創建した日蓮宗のお寺。弟子の日朝上人が身延山から日蓮上人の遺骨を持ち帰り、分骨堂に納めたことから「東身延」とも呼ばれています。境内には、源頼朝が鎌倉の守護神・夷神を祀った夷堂が再建されています。 【住所】神奈川県鎌倉市小町1-12-12 |
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妙本寺 |
この地は古くから比企ヶ谷と呼ばれ、鎌倉幕府の重臣・比企能員一族の屋敷があったところ。 1203年(建仁3)、比企氏の勢力拡大を警戒した北条時政の策略で比企一族は滅ぼされましたが、その時ただひとり難を逃れた能員の末子・能本(よしもと)が一族を弔うために1260年(文応元)に創建したのが妙本寺です。境内には、能員の娘の若狭局が生んだ2代将軍頼家の子で、わずか6歳で亡くなった一幡の袖塚などもあります。 【住所】神奈川県鎌倉市大町1-15-1 |
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安養院 |
ツツジの名所で知られる安養院は、北条政子が源頼朝の菩提を弔うために長谷に建立した長楽寺が前身。1333年(元弘3)に兵火によって焼失してしまったため現在の地に移し、政子の法名から「安養院」と名付けて建立されました。 境内には、鎌倉最古の宝篋印塔・尊観上人の墓(重文)や北条政子の墓と伝わる宝篋印塔、日を限って願掛けをすると願いを叶えてくれるといわれる日限地蔵などがあります。 【住所】神奈川県鎌倉市大町3-1-22 |
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=江ノ電の鎌倉散策= |
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