神武社 |
祭神は神倭磐余彦尊(神武天皇)。 東征の際、神武天皇は哮ヶ峰の麓、高庭白庭の丘(現・石切)で、高天原の神々に戦勝祈願をされ、かたわらにあった巨石を高々と蹴り上げて武運を占われたといわれています。この神武天皇の蹴上げ石といわれる巨石が御霊代として祀られており、武運の神として信仰されています。 |
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水神社 |
祭神は、岡象女神(みずはのめのかみ)と天水分神(あめのみくまりのかみ)。どちらも水を司る祈雨祈晴の神として崇敬される神さまで、古くは雨乞いの神事なども行われていました。 現在は、水に関係する商売や、水商売の守り神として信仰されています。 |
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石切さんの「亀の池」 |
古来、水神社の池に願いごとを亀の甲羅に書いて池に放ち、満願成就のお礼にまた亀を放すというならわしがあったことから、この池にもたくさんの亀がいます。 現在は生きた亀ではなく、陶器でできた小亀「祈り亀」を神社で購入し、小亀のお腹に願いごとを書いた紙を詰め込んで穂積神霊社に設けられた「願い池」に放つようになっています。また願いが叶った際は、上之社境内に設けられた「御礼池」に同じく神社で購入した「御礼亀」を放ちます。 |
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穂積神霊社 |
本社北側にあった穂積堂は、明治初期に宮司の木積一路翁が郷学校(現石切小学校の前身)を開いたところとしても知られる社です。代々加持祈祷の建物として継承されてきましたが、1970年(昭和45)1月14日に起こった火事で焼失してしまいました。その後、穂積堂に祀られていた御神霊を穂積神霊社として再び祭祀したのがこの社です。 現在も変わらず、病魔災難除け、学問向上、開運の神として信仰を集めています。 |
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五社明神社 |
恵比須大神、大国主大神、住吉大神、稲荷大神、八幡大神の5つの神さまが祀られている五社明神社。商売繁盛、大漁成就、五穀豊穣、産業隆盛のお宮として、商売をされている方々からの篤い信仰を集めています。 |
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乾明神社 |
祭神は、應壅乾幸護彦(おうよういぬいこうごのみこと)江戸時代の中頃、この地方の庄屋で大変信望の厚かった乾市良兵衛という人がいました。彼は飢饉と重税にあえぐ人々のために我が身を省みず、命をかけてお上に直訴され、極刑に処せられました。その後、代官であった小堀家によって丁重にお祀りされ、それがこのお宮です。 この神様は優れた頭脳の持ち主で、人々の難問を解決されたことから、明治時代に入ってからは学問の神、知恵の神様として崇敬を集め、その徳を授かりに多くの受験生がお参りに来ています。 |
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