■ 荏柄天神社 |
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1104年(長治元)、この地に天神画像が降ってきたのを村人が社に祀ったのがはじまりと伝えられる古社。 菅原道真公を主祭神に、相殿に八雲大神、熊野三柱神が祀られ、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに日本三天神の一つに数えられています。 荏柄天神社には、毎年多くの受験生が合格祈願に訪れ、本殿脇には合格祈願の絵馬もたくさん掛かっています。 |
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場所:神奈川県鎌倉市二階堂74 |
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荏柄天神社【お寺紹介】 |
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■ 鎌倉宮 |
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28歳の若さで非業の死を遂げた後醍醐天皇の皇子・護良親王終焉の地に、建武の中興に尽くした護良親王の菩提を弔うため、明治天皇の命で1869年(明治2)に創建された神社。大塔宮・護良親王を祀ることから、「大塔宮」とも呼ばれています。 境内には、親王が9ヶ月間幽閉されていたと伝わる土牢が残っています。 |
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場所:神奈川県鎌倉市二階堂154 |
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鎌倉宮【お寺紹介】 |
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■ 覚園寺 |
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1218年(建保6)に北条義時が建立した大蔵薬師堂が前身。 その後、北条貞時が再度元寇襲来が起こらないことを祈って1296年(永仁4)に大倉薬師堂を寺に改め、心慧智海を開山に迎え、覚園寺として建立しました。 広い境内には、愛染堂や黒地蔵を安置する地蔵堂、本尊の薬師如来像、十二神将を安置する薬師堂などが建っています。 覚園寺では、10時から15時までの毎正時に僧侶の案内で約50分かけて境内をめぐります。 |
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場所:神奈川県鎌倉市二階堂421 |
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■ 永福寺旧跡碑 |
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1191年(建久2)に源頼朝が、源義経や奥州藤原氏平定で戦死した数万に及ぶ霊魂の鎮魂のため、中尊寺を模して建てた永福寺。鶴岡八幡宮、勝長寿院(廃寺)に次ぐ、三大寺院のひとつといわれていましたが、1405年(応永12)に焼失して以後、廃寺となりました。 |
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場所:神奈川県鎌倉市二階堂 |
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■ 瑞泉寺 |
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1327年(嘉暦2)、臨済宗の禅僧・夢窓国師礎石によって開山され、関東十刹の第一位に列せられた名刹。 初代関東管領として鎌倉入りした足利基氏は、夢窓国師に帰依。1350年(貞和6)に没すると、遺命によって遺骸は瑞泉寺に葬られ、以後、瑞泉寺は鎌倉公方代々の菩提寺になりました。 1月のロウバイにはじまり、梅、桜、紫陽花、萩、紅葉、水仙など、四季折々の花が境内を彩ることから「花の寺」とも呼ばれているお寺です。 |
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場所:神奈川県鎌倉市二階堂710 |
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瑞泉寺【お寺紹介】 |
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■ 自転車で鎌倉寺社めぐり |
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