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縁起によると、701年(大宝元)正月7日の庚申の刻に、毫範という僧侶の前に童子が現われ、「我は帝釈天の使いである。天命により庚申の法を与える」とのお告げがあったといわれ、日本で最初に庚申尊が現われた地とされています。 |
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庚申信仰とは、中国の道教に起源を持つ信仰で、人間の体内には「三尸(上尸・中尸・下尸)」と呼ばれる三匹の虫が潜んでおり、年6回ある庚申の日に、人間が眠っている間に体内から抜け出して、その人の罪を天帝に報告。その罪が35,000あるとその人は死んでしまうので、その夜は眠らず身を慎んで過ごさなければならないというものです。 |
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本尊の青面金剛童子(秘仏)は、全身が青く、手は四本でそれぞれに三股叉、棒、一輪、羂索(けんさく、鋼)を持ち、大きな口には犬のような牙が突き出し、頂にはドクロと大蛇をまとう恐ろしい姿をされているといわれています。この恐ろしい形相で、三尸から身を守り、無病息災、除災無難を叶えてくださいます。 |
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また庚申堂の境内には、「三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)」も祀られていますが、これは「猿」が「申(さる)」に通じるとして、庚申尊のお使いとされたことに由来しています。縁日には三猿堂前で2体の猿の木像で加持が行われますが、この木猿で腰や足などの痛いところを撫でてもらうと、「病に勝る(まさる)」「魔も去る(さる)」とされ、痛いところが治るといわれています。 |
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京都の八坂庚申堂、東京下谷の喜蔵院の庚申堂とともに「日本三庚申」として知られる庚申堂です。 |
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